能舞台

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能舞台

能舞台

大和屋の能舞台は、昭和40年の南地大和屋新改築時に設けられた。

開店披露を兼ねた能舞台抜きでは、NHKのアナウンサー宮田輝氏が司会、芸術院会員で梅若流宗家・
梅若六郎氏が能「猩猩(しょうじょう)」を舞い、十一世市川団十郎氏が舞踊、萩江節「八嶋」を
舞い、地方を古典萩江節宗家・萩江露友(前田青邨画伯夫人)がつとめるなど、豪華な顔ぶれが
揃って祝宴が催された。

大和屋の新年の重要な行事であった始業式は、十日戎の終わった1月14日前後に能舞台で行われた。

当日は今宮戎神社から祭神を迎え、宮司が始業式の祭儀を執り行った。

儀式が終わると、能舞台では宮中の新年の歌会始めの御題から作られた舞が若手芸妓衆によって
披露され、古参の芸妓から選ばれた者による舞い初めへと続いた。

へらへら踊り

へらへら踊り

南地大和屋に大正時代から伝わった「へらへら踊り」はオッペケペで有名な川上音二郎の壮士劇の
前座で、川上貞奴が踊っていた「へらへら」をアレンジしたものです。

発案者は南地大和屋の3代目・阪口祐三郎で、関東大震災で活気をなくしていた経済界に明るさを
取り戻そうと、華やかさを取り入れ、座敷の余興として芸妓衆に演じさせたのが始まりです。

評判が評判を呼び、大阪の文化人や財界人に広く愛され、昭和49年には松竹新喜劇の藤山寛美さんによって、
「大和屋へらへら踊り」と題し舞台上でも演じられました。

「へらへら踊り」は株式会社李之三玄の商標登録です。(商標2007-008414)

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